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タリンのドミニコ修道院は翌朝も行ったが、10時からのミサ前の掃除中で入れなかった。フェリーの乗船開始は10時30分からであるので、涙をのんで地下室にあるエネルギーの柱を諦めた。シティマップも罪作りである。昨日も、どうしたら地下室への入口のある中庭に入れるのか、英語で聞いている人がいた。
朝のタリンでは市民マラソン大会が行なわれるらしく、自由の広場にゼッケンを付けた市民が続々と集まっていた。



インフォメーションセンター前にいると、たくさんの市民ランナーが右往左往と宝物探しみたいに走りまわっていた。





タリンの町よさようなら



ヘルシンキの町には西港から中央駅まで、線路跡を利用した掘り割りの自転車道兼歩道(baanaバーナ)がある。市民が通勤、サイクリングやジョギングで利用しており、うらやましいかぎりだ。日本では常に地下水対策をしなければならない。



何度も目の前を往復した、中央駅そばにある木のカンピチャペル



中は外の喧騒が聞こえずに静か



欧州最後に、ヘルシンキ中央駅近くの湖を一周した。明日はヴァンター空港から帰国だ。長いようで短い3 ヶ月だった。

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朝9時発のバスでタリンへ戻る。鉄道もあるのだが、朝7時と午後の2本のみで、本数が10倍以上違う。なぜバス便が発達して鉄道が衰退したのだろう。所要時間は、ほぼいっしょ。普通は鉄道が発達するのだが。独立の経緯と関係があるのだろうか。調べたところ、国有鉄道はタリン近郊だけで、乗客が少ないのが原因らしい。閑話休題。

バスの車窓から見た典型的な農家



途中で停車した町



どうもタリンだけ近代化して、他の町は昔のままみたいだ。エストニア在住の人のブログを見ると、平均月収は1000ユーロだがタリンだけ高くて他の町は平均以下と書いてあった。

タリン郊外の東海岸、日曜日とあって地元の人がくつろいでいる。



エストニア独立の引き金となった歌の広場の正面



中の様子



発声練習をしましたが、なかなか声の通りが良いようで(^o^)
上から見ると



旧市街に戻って、職人の広場で遅いオヤツをいただきました。





ビールではなくカフェ・オ・レです(念のため)
修道院の地下に癒やしの柱があるのだが、ミサの最中で入れなかった。明日こそはリベンジしてみよう。



夜7時の旧市庁舎広場の人だかり、後ろ姿はレストランの小学生くらいの女の子。


ロシアとの国境の町ナルヴァに向かう。バスは114kmを途中の町に寄りながら2時間15分で走る。途中の大きな町では、バスのトランクから荷物を取り出している。バスカーゴという看板があったので、さしずめバス宅急便というものであろう。バスステーションに荷物を取りに来た人もいた。やっとナルヴァバスステーションに到着。ラクヴェレのバスステーションより建物がショボい。



時刻表を見て納得。ロシアに行く便とロシアからタリンへ行く便しかないのだ。車の無い人にはつらい社会である。宿に荷物を置き、ナルヴァ城を見学に行く。
先ずは獅子の像、1700年代のロシアとスウェーデンの戦いの記念だそうです。



ナルヴァ城



ナルヴァ川の対岸にはロシアのイヴァンゴロド要塞



ロシアの入国審査を待つ車の列



この橋の下を通り過ぎ、川の反対側にあるお城の入り口を目指したのだが。橋に金網がしているのに要注意。エストニア側の審査場までこの橋の道路は封鎖されており、延々と前を歩く家族連れと歩かされました。



右側エストニア左側ロシア



中庭からの城



オヤ、また結婚式らしいぞ。大砲ドーンの疑問が解消できる。







城の庭には大砲もありましたが、大砲ドーンは無しで記念撮影となりました。右手には刺繍教室開催中。



宿に自転車を預け、30分歩いてタリンバスステーションに着く。ラクヴェレ行きの切符を求めると、1時間後に空席があった。



乗車して真っ平らな土地を走ること1時間半、坂道を越えるとラクヴェレ到着だった。バスステーションから徒歩5 分の教会。子供が3人、訪問者の記帳をしていた。



宿で荷物を置き、徒歩5 分の小高い丘に上ると、見えました。把瑠都関の故郷のラクヴェレ古城跡が。



城の中は手作りの雰囲気を残した、中世のテーマパークだった。





毎時行なわれる兵隊の行進



大砲の発射、音が凄かった



観光客との記念撮影



とまあ普通の観光地ですが、ハプニングが。



どうやら結婚式をここで行なうようだ。招かれていない客だが、見学していこう。

城の片隅にゾロゾロ上がっていき、神父さんの前で挙式。



広場に集まり、参列者の前で誓約書を読む



新婦が誓約書を大砲に込め、突き棒で突く



新郎も突く



大砲発射、誓約書はバラバラに。



記念撮影をとって



花束をフロントに乗せた車で、兵隊に敬礼されて出発。この後しばらく町中で、出会った車の祝福の警笛が鳴っていた。



ふむ、よくわからない。西洋は契約社会だから皆の前で誓約するのはわかる。でも誓約書をバラバラにするのは、、、。どこにも大砲があるわけではないので、この土地独自の習慣でしょう。

雄牛の像を見て



城に別れを告げる



朝8時30分のフェリーでエストニアのタリンヘ向かう。愛車も同行である。チェックイン(乗船手続)を済ませ、車の列で待とうとすると、すぐ乗船可能だと言う。いっぺんにECKERO LINEが好きになりました。

乗船を待つ車の列



ヘルシンキよさらば



乗船3時間で、タリンよこんにちは



これからタリンの旧市街に入る。太っちょマルガレータの塔



聖霊教会



旧市庁舎



インフォメーションセンターで地図を貰っていると雨が降ってきた。昼食にスープをいただき宿に急ぐ。呼び込みの娘のコスチュームが面白い









途中にも聖ニコライ教会



宿で雨が止むのを待って再出動
キークインデクック(台所を覗く)の塔



アレキサンダーネヴスキ大聖堂



展望台からの眺め。あっ、これは港を出る船



展望台からの眺め(再)







夜8時でこの人混み




ヘルシンキは小さな街である。市電は至るところにあるように、街を走っていると感じる。本日はちょこっと街を見学。

ウスペンスキー寺院



レンタル自転車の向こうに自転車観光者の一群が



更に信号待ちの一群も



ヘルシンキ大聖堂



フム、老人チャリダーだな



ハカニエメ広場のオープンマーケット



市場建物内にはカリブー肉の専門店もある。この向かいでスープを食べて満腹。



ラヴィントーラ KAMOME



かもめ食堂。さびれているのかな、夕食はここで食べよう。



で、7時に歩いて行ったら、店前に人だかりが。悪い予感



待っているおばちゃんたち。満席の店内から出てきたカップルが、ランチ時に予約しとけばヨカッタと。繁盛しているらしい。次の機会にしよう。

北欧最後の自転車旅でヘルシンキを目指す。町中を抜ける



途中、親子で走っている。どうして絵になるのだろう



いつも通りの路肩走行といつも通りのヘラジカ注意標識



昨日は雨に打たれたが、今日は高架下で雨宿り。地元の自転車乗りが雨ニモマケズ走っている。



ヘルシンキも近づき、インターチェンジの中を走る。ひさしぶりに自転車旅行者に会った。



アト8km、昼食をスーパーで買い、いざ出発しようとしたら土砂降り。



今日は運良く、濡れずにヘルシンキへたどり着いた。日頃の行いが良いせいだろうか。(^o^)
テンペリアウキオ寺院を見に行く。正面入り口



もともとの岩山の中をくり抜いて作ったものである。昨日の公園みたいなものだ。



裏側ではノンビリと談笑するグループがいた



街なかの刺青屋さん。ヨーロッパでは装飾として彫っている人が多い。気分的に10人に1人だから、マア5 %くらいかな。刺青者は入浴禁止では、オリンピック観光客を誘致できませんぞ。



タンペレ駅前のコーラの広告、男の左手にも刺青がある



ヘルシンキ中央駅の装飾



この像をパロディ化して、フィンランド鉄道(VR)は広告として使っている


ハメーンリンナからヘルシンキまでは、グーグルマップでルート検索すると100kmである。これを1日で走るのは、しんどくてもったいなくて中間のヒュビンカーまで走ることにする。

いつもどおりの路肩走行



フィンランドの町章の表示は面白い



いつものヘラジカ注意の標識



ヨーロッパでは、ガソリンスタンドがコンビニを兼ねていることが多い。軽食も取れ、このスタンドのようにカフェテラスで食事もできる。



フィンランドの湖水は、木のタンニンが溶け込んで茶色がかっている。



途中で雨に降られびしょ濡れになった。1時間も走れば乾くのだが、さすが北国、身を切るような痛さだった。

ヒュビンカーの教会。前衛建築物だと思い通り過ぎた。



横にまわると確かに教会だ



自転車置き場、ヨーロッパはこのタイプが多い。



町中の公園、岩山をコロンとそのまま残している。







朝起きたら、空がどんより曇って今にも降りそうである。ナビ君は86kmを表示している。天気予報も、にわか雨を予報している。雨の砂利道の林道もイヤだなあ。昨日もタンペレで雨に会ったし、、、、グダグダ。という訳で、電車でハメーンリンナの1駅手前のパローラまで行くことにした。駅から2kmの所に戦車博物館があるのだ。

フィンランド鉄道在来線(VR)の自転車置き場



インターネットで自転車を含めた切符を買ったが、駅で印刷方法が分からない。中学生くらいの女の子に聞いたら、メールを見せるだけでイイのよと言われ、検札で見せて事なきを得た。駅を降り、あっという間に、道端にカギ十字の装甲列車が見えた。



シニアの為、入場料で1ユーロ得した。屋内展示場が2つ、屋外が2段。マニアには夢のような世界だ。ナチスドイツのタイガー、ソ連のT型等等。T型戦車にもカギ十字がついているのは、敵国という意味だろうか。





タイガー戦車



屋外展示場で雨が降り出し、じっくり見れなかったのは残念である。



カフェで昼食替わりにケーキをいただき雨宿り。フィンランドのアイスクリーム最大手のペンギンロゴ。



9kmを走りハメーンリンナ市内へ。この町はハメ城の隣な(となり)かと思ったら、リンナはフィンランド語で城を意味するようです。(^^)

ハメ城



城に向かって大砲がある。お城の隣は砲兵博物館である。



城とセットで11ユーロの入場料を払う。年代物の大砲だ。



屋外展示物



大砲の種類の説明がありますが、良く分かりません。朝からの兵器廻りで食傷気味です。



これは自走砲だろうか



奥の自走砲の所で雨が降り出して、結局城の内部は見れませんでした。


タンペレ見学。市内遠くのブーニッキ公園の展望タワーから廻る。お腹が空いていたからだ。実は、ここに世界一というドーナツがあるんです。タワー下の空いているカフェでいただきます。



タワー受付で入場料を払い、エレベーターor階段どちらでもと言われ、歩いて上る。あまり高くないからだ。タワーから市街地方向を望む



反対方向を望む



タワーから下りておどろいた。いつの間にかカフェに行列が、受付嬢にドーナツ行列だねと言うと笑っていた。世界一のお味は?名物に、、、、

次にムーミン谷博物館へ。ムーミンの原画(思ったより小さい)を堪能しました。



隣のアムリ労働者住宅博物館へ。1880年代からの住宅の変遷を展示、思ったより豊かに暮らしていた。そのパンフレット、日本語版がある。国旗を見ると、フィンランド、スウェーデン、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ロシア、日本である。スーパーでも日本は好きだと言われた、親日国なのを感じる。



タンペレ大聖堂へ





傷ついた天使?



港の市場広場でサケサラダをいただきます。






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